あれは数年前のGWでした。
うちのおばあちゃんがバス旅行好きで、よく老人クラブとかでも行くんですが、
「こないだ行った、区の保養所はできたばっかりできれいだし
  ごはんも美味しいし、よかったよ」ということで 、
GW直前、キャンセル待ちで空いた部屋へ私と母とおばあちゃんと3人が、
1泊だけ行けることになりました。(父は仕事)
確かに、できて1,2年という事もあり、とてもきれいな建物。
安い割にごはんもそれなりだし、旅行自体が久しぶりの母もゴキゲンでした。

…まぁ、確かにウチの母はお酒が好きです。
この日も機嫌がよかったのもあって、いつもより気持ちよく酔っていたことは認めます。
しかし、酒乱だとか記憶がなくなるなんてことは未だかつて一回もありません。

夜も更け0時半頃、母も酔ってるので
「そろそろ寝るよ、電気消すからね」と 母を促して布団に入りました。
でも、普段は非常灯も消して寝る母が、「イヤ!電気消さないで!」というんです。
おばあちゃんも私も、母が酔ってるもんだと思って 「何いってんの!もう寝るんだから電気消すの!」と
相手にしなかったのですが、 あんまりそういうので、玄関の灯りだけ付け、部屋の電気は消したのです。

それから5分くらいしたでしょうか、
私には、真ん中で寝てる母のシルエットが 玄関の灯り越しに見えていたのですが、
母の手が 寝てる人にしては異常なほど、緊張して硬直していたんです。
「なんか悪い夢でも見てるんだろうか…」とあまり深く考えずに
その緊張した母の手に触れたとたん、すごい力でぎゅっと握り返されました。
突然でビックリしましたが、そのまま寝ようと思ったその時、
「ぎゃーーーーーーーー!!!!!」 とすごい叫び声と共に、母がガバッと起きたのです。
さすがに驚きました。

「なんでこんな酔ってるの!?」と、最初、おばあちゃんと私は
母を落ちつかせようとしましたが、 なんか違うんです。
「怖いよぉ!怖いよぉぉ!」と子どもみたいに
それこそ、館内中に響き渡るような大声で泣きじゃくるんです。
「何が怖いの?!」と訊いてもただ泣きじゃくるだけ。
「なんかこりゃヤバイな〜」と思いつつ、困り果てて30分。
まだ泣きじゃくる母が「ここ怖い、ここヤダ」というので ロビーに出てみたり、
ウロウロ3人で外に出てみたりしても、 出たら出たで、
「部屋に戻りたい、戻りたいの」とだだっこみたいに支離滅裂。

父に車で迎えに来てもらおうかと思って電話しても、夜中で起きるわけも無し、
オットはオットで、こんな時に限って山に行ってやがります。

いよいよ困って、藁にもすがる気持ちで警備員室に電話しました。
区の施設なので、フロントは夜中は帰ってしまうのです。
キャンセル待ちで空いた部屋なので、もちろん部屋の交換はしてもらえるわけもありません。
でも、とにかく誰かに来てほしい一心で、電話して警備員さんに来てもらいました。

10分くらいして来てくれた警備員さんに部屋にはいってもらい、
「これこれこうなんです」と説明したら、その警備員さんは部屋をひとまわり眺め、
「…ああ、」っていうんです。
「ああ、ってなに!?」ときいたら
「いやね、私、むかし家内から聞いたことがあるんですけど、、
  この柱を避けるように布団敷いてみてください。」
私たちの泊まっていた部屋は、ちょうど正方形を二つ並べたような形の部屋で、
ちょうど真ん中に、木の柱が向かい合っていたのです。
私たちはその木を柱を中心に、母を挟んで寝ていたのです。

その理由を聞いても、警備員さんは「よくわからないけど」としか応えてくれません。
なんだかよくわからないまま、だけど他にはどうしようもないので 布団の位置を変えてみました。
そのあとも、多少は子どもみたいに泣きじゃくるものの、
さっきよりかは落ちついてきたみたいでした。

それでも、ちょっと落ちついてウトウトしたのかと思って こちらもウトウトしかけたら、
ガバッと起き出して、さっきの柱まで這っていって
何もないのに柱をペタペタと触りに行くんです。
さすがに背筋がゾッとしました。

あわてて2人で「何もないんだから早く寝なさい!」なんて無理やり布団に戻して 寝かせますが、
やっぱり、また少しウトウトすると、またガバッと起きて
今度はテレビ台を触りに行ったりするんです。

そんなこんなで、やっと待ち遠しい朝が来ました。
朝方は、母もさすがに1,2時間ウトウトしたみたいです。
6時頃、爽やかそうに母が起きて「さ!温泉でも行こうか!」なんていうので
てっきり私とおばあちゃんは、母が夕べのことは、気にしたくないのかな、と思って
こちらからは何も言わないように、とお互い目配せして何もなかったように温泉へ行きました。

寝不足で(そりゃそうだ、私もおばあちゃんも意識がなかったのは30分くらいしかない(笑))
食の進まない私たちをみて、母が「どうしたの?」なんて 本当に何もなかったように言うので、
おばあちゃんと「どうする?」なんて会話を、目でしていたら、
やっと母が「なぁに?何かあったの?」というんです。
どうやら、何もないフリではなくて、本当に何も覚えていないようなんです。

それから夕べの母の行動を、経緯を話すと、逆に母の方が怖くなったらしく、
「いやだわー、怖いじゃないの、何いってんのよ〜」なんて言い出す始末。
でも、ひとつだけ覚えてるシーンが、警備員さんにのぞき込まれた その一瞬のシーンだけ、
覚えているそうです。
他は、ロビーを歩いたことも泣きじゃくったことも、
柱を触りに行ったことも覚えていないんだそうです。


帰ってから、オットにその経緯を話すときに、「ここだよ、ここに行ったんだよ」と
数年前の地図を広げると、そこにあったのは保養所じゃなくて
「健康学園(障害を持つ子供達や、肥満の子たちが集団生活をする区の施設)」でした。

そういえば、母の様子が子どもが泣きじゃくるような雰囲気だったのも
子どもが物に興味を示す時みたいに、ペタペタ柱を触りに行ったのも
妙に納得がいく行動だったように思います。


でも、そこで何があったかはわかりません。
何もなかったのかもしれません。
でも、あれは普通の母の様子ではなかったのは確かです。ホントに。


山の斜面にたってるN区の保養所、105号室は要注意。